Washing Hinomaru in Taiwan

台湾のパフォーマンスは「Washing Hinomaru 日の丸の洗濯」というタイトルで、儀式としてのパフォーマンスで、複数の日章旗を洗濯機で洗濯し、乾燥、アイロンがけをしてたたむという行為を繰り返して行います。日章旗は物干し用のロープで乾燥され、展示物としても機能し、日章旗とその行為は鏡の役割を果たし、見る人によって様々な解釈が存在します。最終的には日本が占領した全ての国に行きたいと思っていて、他の作品を作りながら、たまに発表していました。

そんな中、今も続いているガザやウクライナの戦争やミャンマーのニュースを見ていて、何かしないといけないけれど、何をしたら良いのかわからず、オロオロしていました。イスラエルに行ったこともありますし、ロシアやウクライナ、ミャンマーの方々と直接お話を伺う機会もあったのにも関わらず、降り積もる情報が自分の中でどんどん上書きされていくのが恐ろしいなと感じていました。

ある日、来日していた香港の友人と会った時、友人が「自分は国を失った」と言っていたのが、とても胸に刺さりました。香港では大学の先生だった友人で、とても穏やかで政治的な作品を作る人ではありませんでした。それが、香港は生きにくいと、しばらく各国のレジデンシーに参加した後、今はイギリスに住んでいます。

その彼に台湾も香港のようになるかもしれないと言われ、お尻に火がつきました。早く行かないとまた撮影できるかもしれないような気がして来ました。大分前に香港で「日の丸の洗濯」を制作発表したのですが、今ではできないと思います。

それに、もう10年ぐらい前から上海で働いている仲の良い友人がいるのですが、いつか行こうかと思っているうちに、コロナになり、政治的にもどんどん難しそうになって来て、後悔しているところでした。

とにかく、呑気に助成金を申請したりしているうちにどんどん世の中が変わっていってしまうのではないかという危機感を覚えました。

後でよくよく考えてみると、香港と台湾は全然立場が違うし、そこまで慌てる必要もなかったようですが。また、台湾の方々も皆しっかりしていらして、「過去のことは、悪いのは上の人。今はやるべきことをして、坦々と日々を生きることが大事。ただ投票は必ずするべき」とおっしゃっていました。それでもまた日本に帰って来てニュースを見ていると不安になります。

とは言え、戦争は太古の昔からずっと続いていて、様々な思いは世代を超えて続いていくものではあります。日本人がお気楽に台湾は日本が好きだと思い込んでいますが、台湾の方にとって今重要なのはアメリカと中国で、一般の方はK-POPを楽しんでいて、日本の存在は過去のものになっています。それでも、日本が台湾にしたことは忘れられてはいませんし、日本に対する愛情がある方も差別をされ、その思いは複雑です。特に日本軍の原住民の扱いは、台湾が国のアイデンティティを確立していく上でも繰り返し語られています。

今までの戦争が過去のものとして「戦争記念館」に祭り上げられ、何かの形で振り返ることができる状況になることが、いわゆる平和な状態なのかもしれません。そして、人間はずっと戦争をして来たので、今の平和を大事にしないと、あっという間になくなることもあるのかもしれません。

イスラエルとパレスチナの方々が過去を忘れて話し合う方法はあるのでしょうか?作品を通して、過去の戦争の再考、美術館化を促し、多様な意見を持つ人々のコミュニケーションの方法を探りたいと考えました。

日章旗をコインランドリーで洗い、話しにくい過去の戦争のことを知らない方とちょっとでも話せることが「普通」である状態は、すごく平和であることなのかもしれません。この状態を大事にしたいと思います。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください